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ぼくのお勧め本です

2009年11月 8日 (日)

海外ロングステイ国内デュアルライフフェア2009

お台場の東京ビッグサイトで、ロングステイ財団主催の「海外ロングステイ・国内デュアルライフフェア2009」というイベントに出かけた。ロングステイ財団の関連の海外サロンの人や、各国の政府観光局やロングステイサポート会社のブースが並び、個別のセミナーや相談などもできるイベント。国際展示場前の駅を降りて、ビッグサイトまでに、黒いスーツを着た若者たちが大挙して歩いている。どうやらリクルート、就活イベントの大規模なものがビッグサイトで行われているようだ。それにしても相当な人数が、それも同じ真っ黒けなリクルートスーツに身を包んでカツカツと行列をなしている様子は、なんとも異様だった。こっちはロングステイイベントに行くわけで、シニア層が中心で、これから仕事を始めようという若者たちと、一仕事終えてセカンドライフを考える人びととの対比は、まさに使用前、使用後のようでなんとも、面白哀しズムの世界だ。
 イベント会場はこじんまりとはしているものの、それなりの熱気があった。海外ばかりでなく、田舎暮らしを目指す人のために、北海道や沖縄、さらには四国や九州、東北などの各県のブースなどもそろっており、パンフレットや資料がたくさん用意されていた。海外ロングステイは、ここのところの不況や株価の低迷などの影響もあり、円高で絶好のチャンスとはいうものの、いまひとつの盛り上がりかと思えば、マレーシアのセミナーなどは立ち見が出るほどの盛況だった。メディアではやや下火な感じを受けたものの、具体的には海外ロングステイを考える人が依然として大勢いるということだろう。
 ぼくがロングステイ雑誌をつくっていた2005年当時の人気ステイ先は、オーストラリア、マレーシア、ハワイ、二ユージーランド、カナダ、スペイン、イギリス、アメリカなどだったが、07年、08年の調査では、マレーシアの1位をはじめ、タイ、フィリピン、インドネシアなどの東南アジアの国々が上位に食い込んできている。依然としてハワイやオーストラリア、カナダも人気はあるのだが、具体的なステイ先を考えると、リタイヤメントビザに関してのハードル(預金等)の問題で、ハワイやオーストラリアは可能性が低くなる。いきおい滞在コストや支援体制の充実度などを勘案すると、東南アジアが具体的なロングステイ先として浮上してくるようだ。
 実際に東南アジアの各国は、日本人ロングステイヤーの受け入れに積極的なようで、マレーシア、タイやフィリピンのブースのパンフレットなどの充実ぶりは際立っている。ドイツやスイスなどヨーロッパのロングステイも憧れはあるものの、具体的には旅行の範囲を超えないという印象。東南アジアはすでに長期滞在者も多く、日本人用のロングステイ物件も数多い。フィリピンなどの英語留学を兼ねたロングステイも参加者の関心が高かったようだ。
 かつて雑誌での取材の折にお世話になったタイやハワイ、オーストラリアの人に再会できたのも嬉しかった。現地でロングステイサポートの仕事をいきいきと続けておられる様子に、こちらも嬉しくなった。また取材をかねて現地でお会いしたいと思った。

2009年7月27日 (月)

高尾山ハイキング

高尾山に行った。
 薬王院という真言宗のお寺がある。現在も、修験道の修業場となっているという。
 天狗が本堂の左右で、狛犬のように護っている。
 久しぶりにアウトドア活動。
 真夏の日差しかと思ったら、意外にもうす曇で快適なハイキングになった。友人のデザイナーさんがお弁当を持ってきてくれた。汗をかいたシャツを着替えて、高原の風に吹かれていると、もやもやしたものが少しづつ溶けていくような気がした。R1132521

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2009年4月 7日 (火)

チュニジアの激安スパゲッティ

  近所の激安スーパーで、みつけた激安スパゲッティ。なんとチュニジア製。輸入食品の専門店でもなかなかお目にかかれない地域のものであるうえに、1キロで290円という激安商品である。たいてい300グラムで200円~250円ぐらいが相場だと思うが、これは相当な安さ。パッケージには、見慣れないアラビア文字、裏側の成分表などもすべてアラビア語表記だ。もちろん日本の輸入業者の成分表のシールも貼ってある。麺のサイズは1.55ミリの細麺、茹で時間は8分とある。スパゲッティの輸入ものはたいていヨーロッパのものかと思っていたのだが、チュニジア製のものが、近所の普通のスーパーで安売りされていたのに驚いた。とはいえ、チュニジアはアフリカ北部の地中海に面し、旧宗主国のフランスの影響もあってかイスラム教国であってもワインが造られ、文化的にも政治的にもヨーロッパ的な風土の国だから、スパゲッティを輸出していてもおかしくはないんだけどね。
 スパゲッティ好きなので、いろんな麺を食べてみたい。フィリピンでは、誕生日などのパーティがあると、必ず、「そんなにいっぱい?!」と思うぐらい、大量のスパゲッティが出てくる。かなりやわらかく茹でたうえで、独特のミートソースをからめて供される。最初は、麺を茹ですぎではないかと思えるぐらいやわらかくなっているので苦手な感じもあったが、慣れてくると麺にミートソースの味がじんわりと沁みこんで、これがなかなか美味いのだ。
 最近では、永谷園の松茸の味のお吸い物の素を使って、和風スパゲッティを作るのがマイブームだが、チュニジアでは、どんな食べ方があるのだろう。PhotoPhoto_2

2008年12月26日 (金)

路地裏の発見

  年末、五反田で飲み、酔い覚ましに中原街道を歩いて武蔵小山まで歩いてみた。武蔵小山は、もう30年以上も前に友人が下宿していた場所。異常に長いアーケードの商店街だが、年末の深夜で人影もまばらだ。店じまいした店先に出されたダンボールを、ホームレスの人が集めて、商店街の一角に仮の寝床を作っている。この冬に職も住居も失った派遣や契約の労働者の問題が連日ニュースで報じられている。かつて12月に勤めていた出版社が倒産した経験をもつぼくも、そんな人たちの暗澹たる心境がよくわかるような気がする。暮れていく年の瀬に仕事探しも困難だし、町を行く人々のクリスマスや年末年始の華やいだ雰囲気に自分だけ取り残されたような暗い気分だった。
商店街の裏路地が気になって、ひょいと入ってみたら、小さなスナックや居酒屋、バー、パブがひしめく、なんとも味のある路地だった。狭い路地を歩いていると映画のセットの中にいるような不思議な錯覚にとらわれた。
どこかの店のドアをあけて入れば、戻りたかった時代の自分や、懐かしい人に会えるような気がした。Photo_2
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2008年5月11日 (日)

ミンドロ島 プエルトガレラの海へ

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5月の連休に、フィリピン・ミンドロ島に行ってきた。ミンドロ島はフィリピンで7番目に大きな島だが、そこは有数のダイビングスポットがあることで知られている。マニラのあるルソン島の隣に位置し、マニラからならバスで3時間ほどでバタンガスという港に着く、そこからバンカボートで1時間半ほどでプエルトガレラへ渡る。バスから乗り継ぐバタンガスの港にいて、船体の両脇に翼のように腕を張り出したバンカボートに乗り込むと、真っ黒に日焼けした少年たちが現れ、さかんに柱をカンカンとたたいて「コインを海に投げろ」という。1ペソとか5ペソのコインを海に投げ入れると、すかさず少年たちが海に飛び込み、海中からコインを拾いあげ、真っ白な歯を見せて笑う。マニラでストリートチルドレンにコインをせびられるのとは少し違って、お互いにゲームを楽しんでいるような感覚があり、コインを投げる行為に後ろめたさのようなものは感じない。観光客でない人間や、まったく無視する人間にはそれほどしつこく食い下がらない。

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 プエルトガレラのコテージは、スペイン風の白亜の館で、内装や調度品もゴージャスだった。ネットで英文のホームページを見て予約を入れていたのだが、あまりネットで予約する人間も少ないのか、それをすごく喜んでくれ、ハイシーズンのはずなのだが、通常の半値でOKとなった。コテージのバルコニーのすぐしたにエメラルドグリーンの海の波が打ち寄せている。隣には、アメリカ人の家族、離れたところにあるコテージには台湾の大家族が滞在していた。
 このコテージは、この地域でいちばん賑やかな繁華街であるサバンビーチまででもジープで20分という位置で、近くにあるのはおばさんが一人でやっているサリサリストアが一軒あるのみというわけで、ほかには何もない。コテージのなかにはのんびりと海を眺められるベンチやハンモックなどもあるから、のんびりするにはうってつけ。
 夜には波の音と、入り江の向こうに見えるプライベートビーチのライブバンドの音が遠く風に乗ってかすかに聞こえるばかり。 
 コテージ内にあるビリヤードに興じたり、海に飛び込んでメタボな身体を浮かべたり、潮が引いたあとに地元の少年や少女たちが磯に残された貝や魚を拾い集めているのに混じって、ぼくも貝や魚を探してみたり…。こんなところにロングステイするのもいいかなあ、なんて思いつつも、たぶん10日もいれば退屈してしまうに違いない。
 レストランで働いている18歳の少女が、「ほんとうはマニラか外国に働きに行きたい」と言って笑っていたが、ぼくは、どう答えたらいいものかわからず…「でもここで暮らせるなら幸せだと思う」というようなことを言った。
 ぼくも18のとき、田舎の生活から抜け出したくて都会に出たのだった…ということを思い出していた。
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2005年8月25日 (木)

タイのロングステイ・サポーター

チェンマイで、ロングステイ向けの賃貸コンドミニアムや売買物件の仲介・管理などをはじめ、ロングステイヤーのためのサポートを行っているのが、「ヒロアジアンプロジェクト」(05年5月に、株式会社化を機にヒロプロジェクトから改称)。その代表である天野さんが、8月8日に、名古屋の実家への里帰りを兼ねて日本に帰国した。その折に、ロングステイ推進連絡協議会の会員を中心にタイでのロングステイを考える人たちが、天野さんの話を聞こうと、銀座のタイレストラン「サイアム」に集まった。チェンマイ取材時から4カ月ぶりに天野さんと再会でき嬉しかった。
 天野さんは、かつて日本で大手不動産会社に勤務、その後ゴルフ場の会員権の営業などを経験したが、バブル経済崩壊を機に、日本ではもう不動産業をやってもダメだと、バンコクの不動産会社の募集をみて、思い切って海外で働いてみようと単身タイにやってきた。バンコクで仕事をした後、これからはチェンマイの開発が進むとみた天野さんは、チェンマイで不動産業を立ち上げることにした。ちょうどタイ政府なども本格な長期滞在者の受け入れに積極的になってきたこともあり、日本や欧米からの長期滞在のブームがやってき始めていた。
現在、チェンマイには、約2000人の日本人が滞在していると言われている。短期のノービザで滞在する人やその他旅行者を入れるとその数は3000人とも言われ、バンコクなどに比べても、物価も安く気候や治安のいいチェンマイへの日本人移住者、ロングステイヤーはますます増えてくるだろう。
ヒロアジアンプロジェクトのオフィスは、旧市街の南東・ナイトバザール地区と呼ばれる場所にありながら比較的静かな環境の中にあるチャンクラン・レジデントというコンドミニアムの2階にある。同社は、東京のNPO法人ロングステイ推進連絡協議会(LSP)と提携しており、LSPのチェンマイでのサポートオフィスにもなっている。LSPの「年金パック」という1週間から1カ月のロングステイプランでやってくる人などを受け入れ、空港での送迎から、チェンマイでの生活のためのオリエンテーション、そしてスーパーマーケットやデパート、銀行、日本食のレストラン、市場その他、ロングステイ体験に必要な情報のレクチャーを天野さんらスタッフが日本語で案内してくれる。チャンクラン・レジデントのワンルームスタジオタイプでの宿泊代と光熱費などを含んで、1週間4万5000円〜1カ月7万5000円というリーズナブルな設定なので、ロングステイを気軽に体験してみようという方にとって、とても便利で安心できる人気のプランだ。
ヒロアジアンプロジェクトは、以下のアドレスで。
http://chmai2.loxinfo.co.th/~hirothailand/

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2005年8月23日 (火)

タイ・アユタヤの歴史

チェンマイのロングステイを取材した折りに立ち寄ったアユタヤの廃墟となった遺跡が印象に残っている。
アユタヤは、バンコクから北へ約76キロにあるアユタヤ王朝の遺跡の町だ。バンコクを流れるチャオプラヤ川の中流域に位置し、その支流に囲まれた島状の都で、1354に都が開かれて以来、415年間に 35代の王様がこの地を治めていた。水路に恵まれたアユタヤ王朝は、近隣諸国だけでなく、イギリス、ポルトガル、オランダ、スペインなどとの公益もさかんに行われ、16世紀には、朱印船貿易で訪れた日本人によって築かれた日本人町や、その町長であった山田長政の祠などもひっそりと祀られている。
他民族によって破壊された廃墟のような寺院や宮殿、そして首のとれた仏像などの古代の遺跡をみていると、国境を接したこの国と地域の平坦ではない歴史を身にしみて感じる。島国の日本でも、領土問題が近隣諸国との間で議論されているが、「アユタヤ」という名前が平和を意味すると聞いて複雑な思いがこみ上げてきた。

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2005年8月22日 (月)

ブログ開始します

 海外ロングステイ応援マガジン「悠遊自適」という雑誌を企画して、2005年の1月に創刊し、「ハワイ」「オーストラリア」「タイ」でのロングステイを取材してきた。宙(おおぞら)出版という版元に企画を通してもらい、私が編集長として、取材・編集を進めてきた。さまざまな人のご協力で、なんとかそれなりに「海外のロングステイ」への関心を高めることができたのではないかと思う。だけど、ようやくこれからという気持ちでいたところ、やはり広告収入があまりなかったこともあり、ここまで隔月で進めてきた編集作業は、とりあえずは3号までで停止中。版元の情熱も感じられないまま、放置された状態なのだが、ロングステイそのものへの関心は、日を追うごとに高まっているという実感がある。今後もこのテーマを追いかけて、自分なりに海外に住むという選択について考えていきたいと思っています。ヨロシク!