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ぼくのお勧め本です

2007年5月 4日 (金)

ネパールでの映画づくり

ゴールデンウイークの連休に突入した。昨年の今日、何をしていたのかと手帳をみたら、ベンダースの来日祈念のイベントに行っていた。あれから1年なんだと思うと、ほんとうに1年があっという間のことだと感じる。成長しないというか、その逆で、どんどん自分がダメになっていくようだ。体の具合いや体力、記憶力、視力、気力、胆力、すべてが減退するなか、日ごとに劇的に鋭くなっていくのは、「老人力」だったり、渡辺淳一のいう「鈍感力」ぐらいのものかも知れない。
 そんななか、友人がネパールで映画を作るという。先月もネパールでそのための下準備をしてきたという。なみなみならぬ情熱を傾けている様子。まあ、これからさまざまな問題や壁にぶち当たるに違いないが、それが今の生き甲斐というわけで、壁を跳ね返してがんばって欲しいと思う。普通に考えたら、資金や人材のこと、そしてなにより、政治の不安定さなど、前途は多難だろう。でも、普通の感覚ではできないことをするには、やっぱどこかクレージーにならないとできないんだから。でも、その情熱が何かを変えるかもしれないと、ちょっとうらやましくもある。
 

2006年9月 7日 (木)

最近の本と映画

最近見た映画ー「ミッション・インポシブル」 アクションや展開には目を見張るものがあるが、悪役があんまり怖くないのが、イマイチ。
「udon」 讃岐うどんを香川のミニコミ・タウン誌に掲載したところ、たちどころにうどんブームを巻き起こした人々の実話に基づいたお話。讃岐のうどん屋のおやじやおばさんが登場していて、讃岐弁というか、私の地元の方言に近いイントネーションと言葉を話しているのがうれしかったが、役者たちの讃岐弁は、鈴木京香以外はどれもひどいものだった。丸亀出身の本広監督ならば、その辺は徹底的にやってほしかったんじゃがのう。
「泪橋」池袋の新文芸座で、黒木和雄追悼特集。黒木監督作品はほとんど観ているのだが、この作品だけは観てなかった。うーん、今見ると、時代を感じる作品ではあるが、やはりこういう作品は向いていないという気がする。同時上映だった「夕暮れまで」もそうだけど、やっぱ男と女のあやかしを描くのは、向いてなかった監督だと思う。ただ、この「夕暮れまで」を観たのは、学生時代、京都のシルクホールでの一般試写だった。一緒に観に行った友人のことなんかを思い出した。映画というのは、その映画のストーリーとかはすっかり忘れてしまっていても、それを観たときの映画館やシチュエーション、帰りに食べたラーメンのことなんかをありありと思い出させてくれるもんだ。不思議な記憶装置の機能があるんだよね。
今週、読んだ本「経済学という教養」(東洋経済新報・稲葉振一郎)構造改革と経済政策についてちょっとお勉強の一環で。マル経からケインズにいたる著者の思想遍歴も興味深い。分かりやすくて刺激的な経済本。
「出版業界最底辺日記」エロ漫画編集者の日記だが、石井輝男監督のファンらしく映画の話などは面白かった。同時に出版業界とマンガ業界の知人・友人の幾人かが実名で登場。一言居士よろしくばっさり切られていたり、評価されていたり、まあ怖いもの知らずというか……。
「かえっていく場所」椎名誠の自伝的小説?なのかなあ。自分の家の転居から始まって、妻や息子、娘のことを中心に、家族についてのエッセイ風作品。ぼくは「パタゴニア」のなかで登場する、パタゴニアに発つときにふと見せた妻の異変に気がついた著者が、地球の裏側から日本の妻を思って心がざわつくところが、なんか胸に沁みていたが、そのことも触れられていてうれしかった。椎名誠さんのこれまでの疾走ぶりと、少々くたびれた日常を垣間見る感じ。
吾妻ひでお「うつうつひでお日記」 昨年、手塚治虫漫画大賞まで受賞してしまった、「失踪日記」に続く、同氏の失踪から復帰後「失踪日記」を書くまでの日々の日記を漫画で綴ったもの。「他人の日記マニアがいるので」と書いてあるが、確かに、だめな人のだめな日常というのは、読んでいてなんだかほっとする。でも、図書館、本屋、レコード屋を来る日も来る日も判子で押したように繰り返す吾妻さんの日々は、私自身の日常とあまり違わないということに、ちょっと軽いショックを受けた。

2006年7月22日 (土)

新宿・花園神社野外劇 椿組公演

  新宿花園神社のテント劇場、椿組の公演「GS近松商店」を見に行った。脚本・演出は「月はどっちの出ている」などの映画シナリオでも知られる、劇作家でシナリオライターの鄭義信さん。あいにくの雨で、テント劇場は、役者さんの声が雨音に溶けてしまうので、役者さんはいっそう大きな声を出さないと、客席に届かない。それでもちゃんと聴き取れるボリュームで台詞を言ってくれたのには感動。ガソリンスタンド・近松商店を舞台に繰り広げられる、近松物を現代劇に翻案した人情物芝居といった趣で、舞台装置もしっかりで、ヒロインたちがガソリンまみれ、油まみれになる「女殺油地獄」のようなシーンは圧巻だった。「心中天網島」や「曽根崎心中」のお初徳衛兵の道行きを思わせる設定など、近松芝居を知る人にとっては、ああそうかという「近松」芝居。もちろんオリジナルを知らなくても、とっても楽しめる。ぼくも、どのへんに近松がちりばめられていたのか、上記の3作しか知らないうえに、無知ゆえに、巧みに設定された人物が、最初はどの芝居の登場人物なのか、しばらく分からなかった。こういう遊びができるというのは、すごいことだなあ。中国人パブの出稼ぎ女性たちのキャラクター、劇中劇風に展開される商店会の「忠臣蔵」の芝居など、歌あり踊りありで、文句なく面白かった。

2006年6月11日 (日)

やわらかい服を着て

永井愛さん作・演出の「やわらかい服を着て」を新国立劇場小ホールで観た。主演の吉田栄作や小島聖はじめ、出演者の演技が自然で、楽しめた。
イラク戦争に反対するNGOで活動する若者たちの群像を描いた舞台だ。戦争が開始され多くの市民が傷つくことに心をいためながら、人質事件での国民世論の異状なバッシング、それまで支援してくれていた事務所の大家である鉄工所のオヤジからも「税金の無駄遣い、彼らは国の方針を無視して、イラクの自衛隊撤退を訴えるなんて…」と非難される。「これが世論なんだ」と、メンバーたちの中にも、微妙な変化が生まる。大手商社の勤めを辞め、活動にのめりこみ、日雇いのアルバイトで生計をたてる主人公はじめ、そして同じ職場に勤め婚約しながらも一人会社を辞めた恋人に微妙な距離を感じ始める恋人の女性会員、活動よりもそこにいる女性会員との恋愛感情から活動に参加している若者、そして微妙な感情のもつれや、誤解、猜疑心が浮き彫りになっていく。と書くと、暗いドラマのようだが、軽妙な台詞まわしとリズムで、笑いを誘う。恋愛や仕事、そして世間と自分のスタンスなどに悩みながらも、懸命に生きようとする、いわばどこにでもいる等身大の若者として描かれている。
若者の純粋さと、まっすぐには行かない世の中との距離のとり方がみえず、脱落したりすることも少なくないが、それを裏切りととる硬直した考え方に、かつての左翼運動はがんじがらめ。運動のかかわり方や立脚点も、それぞれもっと自由で柔軟でいい。そんな視線がタイトルの「やわららかい服を着て」にあらわされている。
イラクで人質になった人たちを一斉にバッシングした世論も、少し時間がたって冷静になってみれば、いかに硬直した硬い服を着ていたことか。もっとやわらかく生きて行こうという、問いかけである。