岩崎 博充編著: 海外預金口座の開設・活用徹底ガイド
海外の銀行口座をつかって資産を運用する人が増えていますが、単に資産を海外口座で運用するというだけでなく、海外に長期滞在する人や頻繁に海外旅行する人なら、海外の銀行口座を開いておくと何かと便利。本書では現地やネットを使っての口座開設について、丁寧に解説されています。
「スラムドッグ$ミリオネア」を観た。
スラムドッグとはスラム街の負け犬と訳されていた。
スラム街出身者と高額賞金が当たるテレビ番組。
貧乏人は、高額賞金や商品に憧れ、一攫千金の夢を、こうしたクイズ番組や宝くじに見るのは、インドでも日本でも、世界中同じだ。日本でも同様の番組があるし、昔からハワイ旅行などが当たるクイズ番組は数多あった。
日本では、貧困からの脱出を夢見てクイズ番組に出るなんていうことはないだろうし、当の「スラムドッグ$ミリオネア」の主人公も、じつはお金が目的ではなく、全国民が熱い視線を送る人気テレビ番組に出て、行方のわからない幼なじみの恋人を探すための出演だった。偶然にもその過酷な人生のなかで知った知識が、次々と難題をクリアしていく原動力になるという、物語的なウソを映画的にカットバックさせて、主人公とその恋人の人生を浮き上がらせていく。巧い演出とスラム街の少年・少女たちに瞳の輝きで、物語に引き込まれる。が、その結末にいたる展開やテレビ番組の狡猾な司会者とのやり取りなどはステレオタイプで、緊迫感はイマイチ期待したほどではなかった。結末もいわば予定調和なもので、前半のスラムの描写ほどのリアル感や生き生きした人物描写はなく、失速した印象。アカデミー作品賞受賞がふさわしいのかどうかは議論があるところだろう
06年にフィリピンで、高額賞金が当たる視聴者参加の番組の何周年かの公開収録を行ったときに数万人の参加希望者が殺到し、将棋倒しになった人たちが押しつぶされ数十名の死者やけが人が出た事故があった。その「ワオワオウィー」という人気番組は、私もフィリピンに滞在しているときには、ほぼ毎日見ていたし、素人の市井の人びとが登場しいろいろなパフォーマンスを披露したりして、なかなか楽しい番組。その事故のあとも引き続き放送されているが、日本円にして5000万円相当の価値の賞金や高級車が当たるというわけで、参加希望者はうなぎのぼりだという。
高額賞金が当たる番組や宝くじは、庶民の夢だけれど、映画では、自分とは関係のない少年の成功や夢に自らの夢を重ねる市井の人びとの姿が描きだされる。
貧困が拡がる日本も、近い将来、ホームレスや生活保護の人が、みのもんたの番組に出るなんてことが現実になるかもしれないけれど、そのとき日本の一般庶民は彼を素直に応援できるのだろうか。
近所の激安スーパーで、みつけた激安スパゲッティ。なんとチュニジア製。輸入食品の専門店でもなかなかお目にかかれない地域のものであるうえに、1キロで290円という激安商品である。たいてい300グラムで200円~250円ぐらいが相場だと思うが、これは相当な安さ。パッケージには、見慣れないアラビア文字、裏側の成分表などもすべてアラビア語表記だ。もちろん日本の輸入業者の成分表のシールも貼ってある。麺のサイズは1.55ミリの細麺、茹で時間は8分とある。スパゲッティの輸入ものはたいていヨーロッパのものかと思っていたのだが、チュニジア製のものが、近所の普通のスーパーで安売りされていたのに驚いた。とはいえ、チュニジアはアフリカ北部の地中海に面し、旧宗主国のフランスの影響もあってかイスラム教国であってもワインが造られ、文化的にも政治的にもヨーロッパ的な風土の国だから、スパゲッティを輸出していてもおかしくはないんだけどね。
スパゲッティ好きなので、いろんな麺を食べてみたい。フィリピンでは、誕生日などのパーティがあると、必ず、「そんなにいっぱい?!」と思うぐらい、大量のスパゲッティが出てくる。かなりやわらかく茹でたうえで、独特のミートソースをからめて供される。最初は、麺を茹ですぎではないかと思えるぐらいやわらかくなっているので苦手な感じもあったが、慣れてくると麺にミートソースの味がじんわりと沁みこんで、これがなかなか美味いのだ。
最近では、永谷園の松茸の味のお吸い物の素を使って、和風スパゲッティを作るのがマイブームだが、チュニジアでは、どんな食べ方があるのだろう。

1月の第3週にスマートフォンを電車に忘れ、遺失物の届けを出してから2週間になろうとしている。いまだ発見されたという連絡はない。昨年10月に買ったばかりで、まだ4ヶ月もつかっていないにに(涙)。それにしても、鉄道会社に届けられていないというのがショックだ。スマートフォンは、フルキーボードがついていて、主にネット接続用として、ワードやエクセルもバンドルされていたので、外出先などにちょっとした原稿を書いたり、メールで送られてきた原稿をチェックしたりするのに重宝していただけに、ショックは大きい。そのうえ値段がけっこうな値段だったので、なんとかこれからでも発見されることを願っている。警視庁の忘れ物センターによれば、携帯電話は忘れ物の3大アイテムだという。1位はやっぱり傘、そして財布等、携帯電話は年に11万台も落し物として届けられているそうだ。今は遠隔操作で携帯電話内の個人情報などをロックできるので、情報流出の心配はないとはいえ、悪用されたり、どこかに売り飛ばされたりするのは、なんとも切ない。
今よりもっと昔、たいていの落し物、忘れ物は、届けていたり、連絡先を記入したものがあれば、持ち主に返ってきたような気がする。いつの頃から、使い捨て文化が幅をきかせ、傘なんかを電車に忘れたとしてもほとんど届けを出すようなことはないため、忘れ物はうず高く集積所にたまり、遺失物の再利用で格安で販売されたりする。さすがに携帯電話などは、個人情報がつまっているので、戻って欲しいとはいえ、買い替えも簡単なのと、すぐにも必要ということもあって、運よく発見されて持ち主のところに連絡が行った頃には、新しい携帯にチェンジしているということも少なくないだろう。
ものを大切にしなさい、とかつては言われて大人になったものだけど、今の親の世代は消費社会とともに成長し、古いものを直したり手入れして使うなんていう文化から遠く隔たった世代だから、たぶん壊れたら買えばいい、なくしたら新しいものに機種変更でいいじゃないかということになる。電機製品のすべては、修理するより買い換えた方が、値段も手間もはぶけるという仕組みになっているので、いたしかたない。そんな文化の国になってしまったのだけど、そんなシステムを推し進めておきながら、エコだ、省エネだといって、マイ箸をもって、排ガス規制に適合しない車はどんどん乗り換えて、外国に中古車で売りに出す。それがエコだったり、資源を節約することになったり、環境を守ったりすることになるなんて、ほんとに考えているのだとしたら、やっぱりどっかおかしいんだろうなあ。
年末、五反田で飲み、酔い覚ましに中原街道を歩いて武蔵小山まで歩いてみた。武蔵小山は、もう30年以上も前に友人が下宿していた場所。異常に長いアーケードの商店街だが、年末の深夜で人影もまばらだ。店じまいした店先に出されたダンボールを、ホームレスの人が集めて、商店街の一角に仮の寝床を作っている。この冬に職も住居も失った派遣や契約の労働者の問題が連日ニュースで報じられている。かつて12月に勤めていた出版社が倒産した経験をもつぼくも、そんな人たちの暗澹たる心境がよくわかるような気がする。暮れていく年の瀬に仕事探しも困難だし、町を行く人々のクリスマスや年末年始の華やいだ雰囲気に自分だけ取り残されたような暗い気分だった。
商店街の裏路地が気になって、ひょいと入ってみたら、小さなスナックや居酒屋、バー、パブがひしめく、なんとも味のある路地だった。狭い路地を歩いていると映画のセットの中にいるような不思議な錯覚にとらわれた。
どこかの店のドアをあけて入れば、戻りたかった時代の自分や、懐かしい人に会えるような気がした。


5月の連休に、フィリピン・ミンドロ島に行ってきた。ミンドロ島はフィリピンで7番目に大きな島だが、そこは有数のダイビングスポットがあることで知られている。マニラのあるルソン島の隣に位置し、マニラからならバスで3時間ほどでバタンガスという港に着く、そこからバンカボートで1時間半ほどでプエルトガレラへ渡る。バスから乗り継ぐバタンガスの港にいて、船体の両脇に翼のように腕を張り出したバンカボートに乗り込むと、真っ黒に日焼けした少年たちが現れ、さかんに柱をカンカンとたたいて「コインを海に投げろ」という。1ペソとか5ペソのコインを海に投げ入れると、すかさず少年たちが海に飛び込み、海中からコインを拾いあげ、真っ白な歯を見せて笑う。マニラでストリートチルドレンにコインをせびられるのとは少し違って、お互いにゲームを楽しんでいるような感覚があり、コインを投げる行為に後ろめたさのようなものは感じない。観光客でない人間や、まったく無視する人間にはそれほどしつこく食い下がらない。

プエルトガレラのコテージは、スペイン風の白亜の館で、内装や調度品もゴージャスだった。ネットで英文のホームページを見て予約を入れていたのだが、あまりネットで予約する人間も少ないのか、それをすごく喜んでくれ、ハイシーズンのはずなのだが、通常の半値でOKとなった。コテージのバルコニーのすぐしたにエメラルドグリーンの海の波が打ち寄せている。隣には、アメリカ人の家族、離れたところにあるコテージには台湾の大家族が滞在していた。
このコテージは、この地域でいちばん賑やかな繁華街であるサバンビーチまででもジープで20分という位置で、近くにあるのはおばさんが一人でやっているサリサリストアが一軒あるのみというわけで、ほかには何もない。コテージのなかにはのんびりと海を眺められるベンチやハンモックなどもあるから、のんびりするにはうってつけ。
夜には波の音と、入り江の向こうに見えるプライベートビーチのライブバンドの音が遠く風に乗ってかすかに聞こえるばかり。
コテージ内にあるビリヤードに興じたり、海に飛び込んでメタボな身体を浮かべたり、潮が引いたあとに地元の少年や少女たちが磯に残された貝や魚を拾い集めているのに混じって、ぼくも貝や魚を探してみたり…。こんなところにロングステイするのもいいかなあ、なんて思いつつも、たぶん10日もいれば退屈してしまうに違いない。
レストランで働いている18歳の少女が、「ほんとうはマニラか外国に働きに行きたい」と言って笑っていたが、ぼくは、どう答えたらいいものかわからず…「でもここで暮らせるなら幸せだと思う」というようなことを言った。
ぼくも18のとき、田舎の生活から抜け出したくて都会に出たのだった…ということを思い出していた。


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